2015年7月29日更新

小さな無人駅をたちまち有名にした貴志駅の駅長「たま」。

ペット生活

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編集部

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一時は路線廃止の危機もあった和歌山県、和歌山電鉄の貴志川線。2007年から駅長を務めた三毛猫の「たま」はたちまち猫ファンの間に知れ渡り、田舎の小さな駅に多くの観光客を呼び寄せました。

駅長猫としてたまグッズまで登場し、その経済効果は一説によると1年で11億円に上ったそうです。

残念なことに「たま」は去る2015年6月22日に心不全のため16歳でその生涯を閉じました。

今回は「たま」の冥福を祈りつつ、その一生をご紹介しましょう。

 

「たま」は隣駅で生まれた野良猫だった

「たま」は1999年、貴志駅の隣、甘露寺前駅で「ミーコ」という猫が産んだ4匹の子猫のうちの1匹でした。

「ミーコ」と「たま」は貴志駅の駅前にある小山商店に引き取られ、もう1匹の捨て猫「ちび」と一緒に商店の隣の猫小屋で飼われるようになりました。

昼間は小山商店で過ごしていた「たま」はそのころから地元の人々の人気者だったそうです。

ところが2003年赤字経営だった貴志川線を両備グループが引き継ぐことになってから「たま」の運命が変わり始めました。

新たにこの路線の運営会社になった和歌山電鉄は駅前を整備することを決定。このため「たま」達の住まいであった猫小屋も取り壊しが決まったのです。

鉄道会社社長のひらめきで駅長になる

猫小屋が取り壊されることになって困った小山商店は和歌山電鉄の社長、小嶋光信氏に「猫達を駅の中に住まわせてもらえないか」と相談しました。

小嶋社長にふと閃いたのは「たま」を駅長にするというアイディアでした。アイディアも斬新ですがそれを実行に移すところも凄い!

2007年1月、小嶋社長は「たま」を駅長に、「ミーコ」と「ちび」を助役に任命したのです。これが全国的に人気者になった「たま」駅長誕生の瞬間でした。

 

「たま」駅長のおかげで貴志駅が全国区に!

駅長や助役に任命された「たま」達には正式に委嘱状が交付され、「たま」駅長には人間の駅長の帽子をそっくりダウンサイズした駅長帽と金色の名札が支給されました。

3匹の猫達は平日・土曜日、祝日の昼間の時間帯、駅で降り立つお客様を迎えました。

「たま」達の存在が知られるようになり、全国から「たま」目当てのお客様が増えてくると駅も改装されて大きくなっていきます。

「たま」のための駅長室があった小さな駅は2010年8月には猫をモチーフとした「たま駅舎」に改装されました。

「たま」駅長が就任するまで1日の当たりの乗降客が700人余りだった小さな駅は、和歌山の中でも最も人気のある観光スポットのひとつになったのです。

「たま」駅長、出世街道まっしぐら!

人気が上がるにつれ、「たま」駅長も出世していきます。

就任してわずか1年後の2008年1月には駅長から「スーパー駅長」に。2008年10月には和歌山県知事から和歌山の魅力を全国に伝えた功労を称えて「和歌山県勲功爵」を贈られました。

さらに和歌山電鉄社内においては2010年に執行役員に昇進。2011年1月には社内でナンバー3にあたる常務取締役に就任しました。

その後、2013年1月には社長に次ぐナンバー2の社長代理に就任しています。同社ホームページの会社概要には実際に役員として「たま」が名前を連ねていました。

「たま」引退から虹の橋を渡る

その後高齢のため、2013年から「たま」の勤務は祝日を除く火曜日、水曜日、木曜日、金曜日のみに減り、2012年から駅長代理に就任した「にたま」が「たま」の不在を埋めていました。

2015年5月下旬から鼻炎のため入院していましたが、同年6月22日に急性心不全のために死亡。プライムタイプのニュース番組でも報道される大きなニュースになりました。

28日には貴志駅において和歌や科電鉄の社葬が営まれ、名誉永久駅長の称号を追贈されました。

「たま」の想い出、永遠に

「たま」駅長は和歌山県に国内外から多くの観光客を集め、廃線寸前だった路線を観光地に変えました。

ファンの心無い行為で悩ましいトラブルもあったようですが、総じて人々の心に温かい話題を提供してくれたのです。

「たま」駅長はもういませんが、きっとこの駅には永遠に猫の駅長が就任し、訪れる人を迎えてくれることでしょう。

 
 

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