飛鳥時代のあの方も愛犬家!犬と偉人のエピソードを紹介!!

古来から良きパートナーであった、人間と犬。
国内外問わず、歴史上の人物と犬とのエピソードも数多く存在しますよね。
ここでは、愛犬が奈良県でゆるキャラのモデルになっている聖徳太子、平安時代を代表する犬好きであった藤原道長を中心に、日本の偉人と犬との深い絆を紹介します。

 

聖徳太子と愛犬雪丸


聖徳太子(574年~622年)は、一度に10人もの人の話を聞き、全ての人が発した言葉を漏らさず理解し、的確な答えを返したという故事を残していることでも有名な人物です。
小学生以上の日本人であれば、聖徳太子のことを知らない人は恐らくいないかと思います。
その聖徳太子に、愛犬とのエピソードが残されていることをご存知でしょうか?
聖徳太子の愛犬の名は、「雪丸」。
この雪丸は「雪丸が元旦に鳴くと豊作になる」、「人の言葉を話せた」、「お経を唱えることができた」と言い伝えられています。
また、「死後は達磨寺に葬ってほしい」という遺言を残したそうで、その言葉の通り奈良の達磨寺には、雪丸像が建っています。
雪丸が本当に遺言を残したかどうかは確かめようもありませんが、亡くなった後に像を造ってもらえるくらい愛されていたのだと感じることができますね。
雪丸は、記録が残る中で日本最古のペットだったと言えるのではないでしょうか。
ちなみにこの雪丸、現在は奈良県王寺町のゆるキャラとして活躍しています。
生前は聖徳太子とともに王寺町をお散歩してので、かなりの王寺町通だそうです。
興味のある方は、雪丸に会いに一度王寺町へ行ってみてはいかがでしょうか。

 

藤原道長を救った白い犬


藤原 道長(966年~1028年)は、平安時代中期に生きた公卿です。
藤原道長は4人の娘を天皇に嫁がせ、その孫たち3人の後見に立ち、摂政として権力をふるった人だったのですが、こんな有名な和歌を詠んでいます。

「この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」
(この世は私のためにあるようなものだ。 満月のように足りないところは何もないと思えるから)

なんとも・・・な和歌ですが、それだけ大きな権力を手にしていたのだということが、わかりますね。
ちなみに、娘を嫁がせる時のお世話係の中に、かの有名な紫式部や和泉式部がいたそうです。

さて、平安時代は犬よりも猫が貴族たちに愛される時代でしたが、道長がかわいがっていたのは、白い犬だったそうです。

宇治拾遺物語に残る愛犬との逸話

その道長と白い犬との逸話が残されているのが、「宇治拾遺物語」です。
道長は、法成寺に愛犬の白い愛犬を連れて毎日のように参拝していました。
ところがある日、愛犬を連れて門をくぐろうとすると犬が前を塞ぐように吠えまわり、必死に道長が中に入るのを引き留めようとします。
何かおかしいと思った道長は、安部清明に占って調べさせると、法成寺には道長を呪詛するものが埋められていたため、犬がそれを感じ取り、引き留めたのだと答えました。
すぐに呪詛するものを掘り起こして犯人を特定できたため、道長に危害が及ばずに済んだということです。
その後、白い犬はよりいっそう道長に愛されたそうですが、名前やお墓がどこにも残っていないのが残念です。
犬は、人間にはない予知能力のようなものがあるという話は聞きますが、この白い犬も主人の危険を察し、がんばって守ったのですね。

 

まとめ


今回は、歴史の教科書に載っている偉人と愛犬とのエピソードを紹介しました。
これらの話が事実であったかどうかは確かめようがありません。
しかし、それくらい昔から犬と人とのつながりがとても深かったということがおわかりいただけましたでしょうか。

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