犬が脳腫瘍になったら?早期発見、早期治療を!【獣医師が解説】

犬における神経原発の腫瘍は、皮膚やリンパ系の腫瘍よりは圧倒的に少なく、それほどなじみのあるものではありませんが、全く発生が無いわけではありません。

成犬に発生した神経系の腫瘍は傷害を受けた神経の機能障害を起こすことが多く、犬のQOL(クウォリティオブライフ 生活の質)に大きく影響します。

今回は、犬の神経原発の腫瘍、特に脳腫瘍についてお話しを進めたいと思います。

 

犬の脳腫瘍とは

犬の脳腫瘍とは

犬の神経原発の腫瘍は、頭蓋内腫瘍、頭蓋外の脊髄腫瘍とに分けられます。

脳腫瘍は頭蓋内の腫瘍のことです。頭蓋骨内という限られたスペースの中にある脳の細胞が腫瘍化するため、発生部位により臨床症状は異なりますが、腫瘍の進行は緩徐ながら、進行性に脳組織に傷害を与え、症状か進みます。

脳腫瘍の発生率は犬の腫瘍全体の1〜3%を占めるとの報告があり、それほど発生率は高くありません。

また、発生しやすい年齢は、高齢犬と6ヶ月以下の子犬だとも言われており、6ヶ月以下の子犬では他の部位よりも脳腫瘍の発生率が高いとのデータがあります。

脳腫瘍の発生自体が多くなく、その診断には特殊な検査が必要です。

さらに治療まで進めるとなると高度医療施設での処置が必要になるため、実際に診断、治療まで進む症例は少ないといえ、まだまだ研究途中の分野であるとも言えます。

脳腫瘍の悪性挙動

脳腫瘍などの中枢神経に発生する腫瘍と、他臓器に発生する腫瘍の悪性、良性の意味合いは少し異なります。

通常、悪性かどうかについては、病理検査、臨床的に転移があるかどうかで決定されますが、脳腫瘍では転移の可能性は極めて低く、細胞形態と周囲の組織への浸潤度に相関します。

脳の構造とはたらき

腫瘍の症状についてお話しを進める前に、脳の構造とそのはたらきについてご説明しておきます。

脳は硬い頭蓋骨という骨の中に位置しており、頭蓋内は硬膜、クモ膜、軟膜といった膜組織に包まれ、髄液に満たされていて保護されています。

脳は、生命活動の全てをコンピュータ以上に正確にコントロールしています。

それでは、脳のはたらきについて部位別にご紹介したいと思います。

大脳

生存に必要な本能的な食欲、性欲などの欲求や、怒り、恐怖などの情動行動を司っています。

脳幹

脳幹は、循環や呼吸などといった基本的な生命活動をコントロールする重要な部分です。

それと同時に、感覚情報を中継して大脳に伝え、末梢に運動指令をする場所でもあります。

間脳は、視床と視床下部に分かれています。

視床は嗅覚以外の感覚情報を大脳に伝える役割があり、視床下部は、消化吸収、体温調節、新陳代謝、呼吸、など生命活動を担う自律神経の中枢であり、内分泌系の神経伝達の中枢でもあります。

中脳は大脳と、小脳、脊髄を結ぶ伝達路です。視覚や聴覚の反射にもかかわっています。

姿勢や体の平衡を保つ中枢でもあります。

橋は大脳と、小脳、脊髄を結ぶ伝達路です。覚醒の中枢で睡眠にもかかわります。

延髄は循環や呼吸をコントロールしています。咀嚼、噛むこと、嚥下、飲み込むこと、嘔吐、吐き出すことをコントロールする他、発声にもかかわっています。

小脳

運動系の統合を担っており、運動の強さやバランスを司ります。筋肉や腱、関節などの運動器官や内耳などの平衡器官からの情報を受け、その運動の力の強弱やバランスをコントロールします。

主な症状

このように、脳にはいろいろな部位があり、それぞれの部位にそれぞれの働きがあります。

つまり、腫瘍が発生した部位により発現する症状が異なったり、特徴的な症状が出たりするのです。

また、脳は血行障害の影響を強く受ける組織です。

そのため、腫瘍細胞が浸潤して正常組織が壊されるという直接的な組織障害だけでなく、腫瘍が血管を圧迫したり閉塞したりして血流が障害されれば供給される血液量が減少して酸素や栄養の供給が途切れることでも組織障害を起こします。

さらに、頭蓋骨は硬く、頭蓋内の容量は限られていますので、腫瘍が大きくなり頭蓋内容の容積が増えれば頭蓋内の圧力、脳圧が上がります。

腫瘍が浸潤することで血管に直接ダメージを与え、梗塞や出血を起こすこともあります。

このように様々なメカニズムで組織がダメージを受けますが、ダメージを受けた組織により、症状も異なります。

詳しく検査をしなければ病変の位置や種類を明確にすることはできませんが、典型的な症状や特徴により、ある程度予測することは可能です。それでは、主な臨床症状について挙げたいと思います。

性格の変化

もともと、おとなしい、穏やかな性格の犬なのに、興奮しやすく、性格が荒くなったり攻撃性が出たり、などという変化がみられます。

また、逆に急に臆病になったり怖がりになったり、などという変化もあります。

急激な変化のため、飼い主も戸惑ってしまいます。

痙攣

突然意識を無くして倒れ手足を硬直させたり、首を反らして震えます。

てんかん発作との鑑別が必要ですが、てんかん発作では5歳を超えてからの発生はまずありません。

症状は自然におさまりますが、いつ起きたのか、持続時間はどのくらいか、などを記録しておきましょう。

1日に何度も起こる痙攣発作は体に負担がかかり、命にかかわってきます。

腫瘍性のものでは発作の頻度が高くなり、持続時間も長くなっていきます。

瞳孔散大

中脳が圧迫されたことによる症状です。

目から光が入り、脳に伝わって認識をすると瞳孔は縮小しますが、腫瘍による脳障害が起これば反応の低下や喪失し、瞳孔が開いたままになります。

眼球振とう

眼球がゆらゆら動きます。縦揺れを垂直眼振、横揺れを水平眼振といいます。

目が揺れると車酔いの時と同様に気持ちが悪くなります。

脳神経反射の喪失

脳には第1〜第13までの脳神経が存在し、その中枢は脳です。

腫瘍に侵されることで、脳神経の反射も無くなります。

斜頸

意志とは関係なく首が傾きます。しかし、傾いていることが正常であると認識しています。

そのため、フードをうまく食べられない、お水もうまく飲むことができない、など、日常生活に支障が出る場合もあります。

振戦

体が震えます。震えは筋肉の細かな収縮によって起こるので、継続すれば発熱し、高熱が出ます。

内分泌障害

下垂体や視床下部には内分泌の中枢が存在するため、この部位の腫瘍では多飲多尿や多食などの特徴的な内分泌障害による症状が発現します。

運動失調

障害部位と反対側の体位反応の異常

たとえば右側に病変が存在する場合、対側の左側に病変が現れます。

位置感覚が無くなり、足がうまくつけなくなります。その結果思うように歩けず、体も意志通りに動かなくなります。

旋回

自分ではまっすぐに進んでいるつもりが進んでおらず、同じ方向に曲がってぐるぐると回ってしまいます。

神経系の腫瘍はほぼ例外なく孤立性の病変であると言われています。

つまり、症状はある特定の一部分の神経機能障害として現れると言えます。

また、脳腫瘍ではその大半は前脳に発生し、一般的には痙攣が見られることが多いです。

そのため、5歳以上の犬が痙攣を起こした場合には、頭蓋内の腫瘍、特に前脳の腫瘍を疑う必要があります。

腫瘍は数週間から数ヶ月と時間をかけて増大しますが、臨床症状の進行はそれに比例するわけではありません。

それは神経組織には組織の圧迫に対して機能を十分に維持する許容力、代償する力があるからです。

しかし、障害が許容範囲を越えた時点で代償が無くなり、急速に症状が進行します。

また、腫瘍は血管の閉塞や破裂の原因となり得ます。そのため、腫瘍の大きさのせいや病期にかかわらず、血管障害が起これば人の脳血管疾患と同様に、二次的な症状が突然に出る可能性もあります。

腫瘍の発生した部位によっては、症状が出にくく、脳腫瘍だという確定診断にも、時間がかかることがあり、臨床症状が出た段階で末期のこともあるのです。

 

検査や治療

検査方法

神経学的な検査をすることで、腫瘍の発生部位の推測ができることもありますが、確定診断をするためには画像診断が必要になります。

現在では動物でもMRI検査が普及しているので、CTとMRI検査により腫瘍の発生部位を確定します。

なお、CTにもMRIにも全身麻酔が必要になりますので、検査は慎重に行います。

治療

腫瘍の治療は脳腫瘍であっても、外科療法、放射線療法、化学療法、の3種類です。それぞれについて脳腫瘍での治療について解説したいと思います。

外科療法

脳腫瘍は孤立性で転移することが稀であるので、他の部位の腫瘍と同様に外科切除は治療の第一選択になります。

特に、脳実質以外に発生する腫瘍では有効とされます。

頭蓋内の大きな腫瘤はその存在自体が臨床症状や死亡の原因になります。

この場合、切除によって腫瘍全てを取り除くことができなくても、腫瘍の容積が減り、頭蓋内圧が下がることで生存期間を延長することが可能になります。

しかし、外科療法にも問題がないわけではありません。

通常、腫瘍を外科的に取り除くには、マージンといって、腫瘍の周囲を正常組織を少し含めて切除します。

頭蓋内腫瘍の場合、マージンを確保することは正常な脳組織を余分に切除することになってしまい、脳への損傷は避けられません。

また、腫瘍ができている部位によっては、手術により正常組織にダメージを与えてしまうことがあります。

放射線療法

放射線療法は脳腫瘍、特に脳の実質内に発生した腫瘍において主要な治療法になってきています。

腫瘍を標的にし、周囲組織にできる限り影響を与えないよう詳細に治療計画を立てて進められます。

放射線治療には全身麻酔が必要になります。

脳腫瘍の放射線治療ではそれほど強い治療をできません。

そのため、効果は一時的なものになりますが、それでも生存期間を延長することは可能です。

一方で、放射線障害を起こす可能性もあります。

放射線により脳内の血管が障害されると血栓が作られてしまい、血管が詰まってしまい、その領域では血行障害や低酸素症となり得ます。

化学療法

抗がん剤を使った治療です。

脳には脳脊髄関門というフィルターが存在し、脳内にはうまく薬が届きません。

そのため、使うことができる薬剤が限られており、薬剤の選択肢が少ないのが現実です。

ご家庭での過ごし方で気をつけたいこと

脳腫瘍では、痙攣発作が起きることが多いです。

痙攣発作はいつ起こるか分かりません。

痙攣発作を起こすと倒れてしまいますので、ご家族がお留守の場合や就寝時にはケージに入れ、タオルや毛布を敷くなど、発作を起こして倒れた時に怪我をしないよう配慮してあげると良いですね。

また、運動失調がある場合にも同様です。

意志とは関係なく思いがけないところへ入り込んだり、階段、段差から落ちてしまう可能性もあります。

目の届く範囲に犬を置いておくか、ケージやサークルを設置するなどして事故を防いであげてください。

緩和ケア

治療が困難であったり、期待したような治療効果が出ないことが予想される場合には、緩和ケアを行います。

緩和ケアでは、動物の苦痛、飼い主さんの苦痛を取り除くことが中心になります。

特に脳腫瘍では、痙攣発作や運動失調など、飼い主さんが見ていて心を痛める状態であったり、お世話が大変だったりしますので、犬にも飼い主さんにも負担にならないようなケアをしていきます。

具体的には、痙攣発作を抑えるお薬を投与したり、鎮静剤を使って動物の状態を落ち着かせます。

 

まとめ


犬の脳腫瘍は発生が少なく、早期の診断が難しいこともあるため、治療まで進まなかったり、治療をするには進行し過ぎていることも多いです。

そのため、治療法、治療効果が確立していないのも現実です。

痙攣発作や運動失調という症状は脳の障害でよく見られるものですが、脳腫瘍の症状でもかなりの高率で発現する症状です。

特に5歳を超えてからの痙攣発作はてんかんが原因となっている可能性が低く、脳腫瘍の可能性が高いことが分かっています。

痙攣発作、運動失調などの兆候があれば脳腫瘍の可能性もありますので早めに動物病院へかからようにしたほうがよいですね。

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